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2014-01

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風の日に - 2014.01.26 Sun

黒い羽音1


まだ まだ

やっかいなことがあるから

だれかの為に

生きていなさい



言われた気がした 

その帰り



 ― それは おまえの為じゃないか ―


ふりむけば 黒い羽音

なまっちょろい 体

びしびしたたく 寒い朝


アホー アホー と鳴いている



黒い羽音2



いくつになっても 誰かのお役に立てるというのは無上の喜びだと思うのです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  今読んでいる本
  風の姿   常葉新平
 (清流の中でしか育たないという山葵田を営む夫婦。純粋な故に都会では生きられない娘があるときこの山葵田に身を寄せるようになって少しづつ心を開いていく。山も川も古民家も昔ながらの汚されない時代の良さを味わえるような作品。情景の美しさには心が動くが 小説としてはあまりにも綺麗過ぎという気がして残念ながら最後まで読みきれなかった。

  最近読んだ本
  ここに地終わり 海始まる(上)  宮本 輝
 (これこれ。やっぱり宮本さんはこうでなくちゃ! という作品。表題の意味はまだわかっていません
  帯=6歳から18年間、北軽井沢の結核療養所で過ごした志穂子は、あす、24歳の誕生日を迎えるという日、生まれて初めてひとりで電車に乗った。それは、志穂子の病状に奇跡をもたらすきっかけになった、絵葉書の差出人である梶井克彦に会うためだった。しかし、志穂子はその人物に全くこころあたりがないのだった。――そんな人が、なぜ私に絵葉書などくれたのだろう ・・・・・・  後編を借りてこなくっちゃ!)

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母の機関紙 - 2014.01.09 Thu

母の友 風景



片付けものをしていて目についた分厚い背表紙の変色した手作りの本。
黒い表紙に黒い閉じ紐で結わえてある簡素なものだ。
表紙の中央には謄写版で印刷した手書きの素朴な挿絵が貼りつけてある。
ワープロもパソコンもない時代に事務員が汚れ防止に黒い腕抜きをはめていた頃によく使われていたものだ。
それは 亡くなった母の持ち物で燃やされる寸前に拾われ私のところにやってきたのだった。
生前、母の粗末なスチールの本棚に何年も、あるいは十数年手を触れられずに埃をかぶっていたように記憶している。
ゆっくり読んでみようと思いながら本棚の空いたスペースを埋めて5年。
病院の夕食の年越しソバを美味しい美味しいといって食べた一週間後にもぎ取られるように別れの言葉もなく性急に逝ってから・・・ 
そう あれからもう5年の月日が過ぎていた。
『母の友』という表題のこの本は地域の婦人会の機関誌だった。
近隣の農家の主婦たちが投稿する詩や俳句や日常の出来事、あるいは婦人会の連絡事項もあり地域の主婦たちにとっては文芸誌であり広報誌であったようだ。
母は農閑期ばかりではなく雨の日、家族が寝静まってからの深夜ガリ版切りをしていた。
先の尖った鉄筆が原紙の上に規則的にカリカリと表面のロウを削り文字を刻んでいく。
母と鉄筆の動きは見えない線で結ばれていて鉄筆の先から母の思考が注ぎ込まれていくような真剣さがあった。
人が何かに打ち込んでいる時というのはこんな単純なことなのかもしれない
カリカリと一心不乱に・・・カリカリはきっとそれほどに面白いものに違いない。
私も書いてみたいと思うのは当然のことだった。
傍にいてひそかに失敗すればいいな、などと思っていた。
そうすれば日にかざすと透き通るように薄いこの原紙は私の物になる
夜遅くに目覚めた私は母の傍に座って居眠りしながらそんなことを考えていた。
「早く寝れ!」と何度言われてもそこから離れなかった。
母の傍での居眠はいつものことだった。
ふわふらと半分夢の中にいるのがとても気持ちよかったのだ
ある時、いつものように居眠りしていると急に体がふわっと浮いて次の瞬間暗くて冷たい草の上に投げ出されていた。
何がおこったのか気が付く前に窓が勢いよくバシンッ!と閉められた。
怒った母は私を窓から放り出したのだ。
魔物が住んでいるかもしれない夜の森、闇の怖さと家から閉め出された恐怖で泣きながら窓にしがみついた。
泣いても叫んでも窓は開かない
内側から開けるまいと窓を抑える母は鬼のように見えた。
いつもどんな質問にも丁寧に答えてくれる母の笑顔の裏には般若も潜んでいるのだと思った。
子供の頃を辿ってこの場面にであうとそこで思い出のシャボン玉はパチンとはじけてる。
いや はじけるのではなくシャボン玉が消える瞬間に薄くなった残像が夢の終わりのように私の中に吸収されていったのかもしれない。
褒められたことより怒られたことのほうがはるかに印象深く はるかに母を近くに感じる
それが母娘としての絆というものなのだろうか。
さて、脱線してしまったので話をもどすことにしよう。
古い機関誌の中を開くとぷーんとかびくさい臭いが鼻をつく。
茶色く縁取られた西洋紙を指先でつまみページをめくると見慣れた懐かしい文字が広がっていた。
達筆とも流麗ともいえない。でも、素朴で勢いのある読みやすい文字だ。
手書きの文章は活字と違って、筆圧や文字の乱れがその日の体調などで変化する。
ここから書き始めたに違いない勢いのある部分や 疲れていると思われるかすれた文字や修正を繰り返している部分など、
いつも元気という印象が強かったが、そこには生身の母を感じる。
日中の重労働の後 薄暗い裸電球の下で目をしょぼつかせながらガリ版切りをしている姿は容易に目に浮かぶ。
「誰もやる人がいないから仕方ない」・・と言いながらも本音は楽しい作業だったように思う。

ある日の出来事を綴ったものにこんな文章がある

前後省略
・・・・南国土佐を後にして~♪・・・などを教わった(踊り)
何度も練習したがどうしても私は腰が高い。 
もっと腰を下げて、と 云はれる。
胴が割りにみぢかくて足ばかりひょろっと長くブッキラ棒な私は手を上に上げたり下げたりして勢いよく「一、二、三、四」とやる体操のほうが余程性にあっているようで 柔らかな感じを出さなければならない踊りはとてもとてもふにおちなくて仕方がない。 
けれど私だって女の内なのだからと思い云はれるように腰を低くして女らしいシナを出そうと試みるのだがやはり腰が高いと云はれる。 
思い出します故郷の空の~♪で両手でたもとを持って手を上にぐるっと回せば おしりの方までクルリと動く。 
あんまり腰を下げて下げてと言はれれば 人間の体がそう簡単に高くなったり低くなったりするものか、これ以上腰を下げたらひっくり返ってしまうわい と腹がたつやら おかしいやら。 
またある時は練習しているところへ ○○さんのぢいさんが遊びに来て 「おまえさんがたナ、 そこはこういがなくちゃなんねえんだ」と自分でやってみせてくれたが、女である私よりはるかに女らしいと思ったものだ・・・・・・


また ある時花の好きな母は育てている花について書いた文を紹介したい

  前後省略
・・・・どの花にもそれぞれ違った色があり形がある。
自然の神様はそれぞれの花にこんなにも美しい色や形を与へてくださったと一つ一つの花をじっと見ながらただ感心するより他ない。
小さい枝を摘んで差し芽をして根がのびてきた時 それにもまして蕾を見つけた時の喜びは何にもたとえようがない。
小さな小さなケシ粒くらいの種子から小さな芽を出し、長い間かかって少しづつ大きくなり 人間の好む花を咲かせながら自分も成長し より多くの花を咲かせやがて種子を残して土にかえっていく。
そして又やがて芽を出す
人間の縮図を見るようで又生きているものの厳しさも感ずる。
花は人の心のうさを一時的にでも忘れさせてくれる
いつも豊かな自然と共にある生活は私ばかりでなく多くの人の望むところであろうと思う
暮れかかった花畑にしばらくたたずみ すがすがしい花の香りを吸いながらこんな幸せがいつまでも続くようにと願う私である・・・・・


最初の文章はなんだか文字が躍っているように見えるし 後の文はとても丁寧に書いてあり普段は男っぽい母の女性的な面が見える 
それは見えないものを見ようとする感覚と 書く内容から母の心の中を推し量ろうとするため文字のふとした変化から書き手の心情を勝手に解釈してしまうという錯覚もあるかもしれない。
が、長く接している人なら顔のつややふるまい 声なら音の強弱や質の違いがでるように 肉筆であればそのときの感情は文字に表れると思う。そう思いたい。


母の文章は なんだか とても新鮮でおもしろいなぁと感じた。
知らない人が読んでも感動したりやうならせるものはないかもしれないが カビくさい臭いしかしない機関紙の紙の間から掘り起こしたばかりの黒光りする土の匂いや花たちが揺れながらささやきあっているなつかしい風景が見えてくる
今 私はたぶん 母と一緒にあるいているのだろう。

※  私は中学の時3年間文集を作る係りになり(もちろんガリ版で) 高校では新聞部にいた。 その時は母の影響だとは全く思っていなかったのだが今こうしてふり返ってみると母の歩いてきた道の延長線上に無意識に立っていたのかもしれない。


母の友1 母の友2




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 今読んでいる本
 運命の人  山崎豊子
 飾り火   連城三紀彦

 読んだ本
 避暑地の猫  宮本輝 
 肩ごしの恋人 唯川恵
 黒い森    折原一
(3冊ともいっきに読んでしまったが う~んいまいちどれもピンとこないなぁ。宮本輝さんは今まで読んだことのないほどの心の闇を描いた作品で後味が悪かったかも~。今までどおり書いてください~という感想でした。ヒットするものがないせいか乱読してるかもです)  

新生 - 2014.01.02 Thu

新生



きのう 今日 明日
つないでいく日々
つみかさね
会得し
葛藤し
失うもの
切りすてるもの
拾うもの

少しづつ 
身についた垢を
そぎ落としていく


そうして

そこに生まれる 私を
好きでいたい

 

あの人と

遠くはなれて
以前より
もっと近づき
もっと 心に触れ
もっと 豊かになった

ように・・・。




 ※ あけましておめでとうございます
   数少ない更新にもかかわらず おいでいただいた方に励まされ今まで続けてこれたことに感謝しています
   今年もまたゆっくりのんびりで歩いて行こうと思っていますので よろしくお願いいたします
   
   


 



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沙羅(さら)

Author:沙羅(さら)
・自然が好き 詩が好き カメラも好き 花を育てるのも好き。日々こころに響いたことがらを マイペースで綴っていきたいと思います。
(写真はぺんぺん草の花)

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