topimage

2013-10

秋を探しに - 2013.10.29 Tue

写真撮りはなぜかいつも雨上がり
水溜りがあると ついつい覗いてしまいます

そーっと覗いてみてごらん~♪

秋1



 =装い=

(イチョウとおそろい)
季節を装っているなんて とてもおしゃれ~
本人はどう思っていたのでしょう

秋を装う

(モミジとおそろい)
秋の装い2



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 今読んでいる本
 光  三浦 しをん
(三浦しをんは初めてだが読み始めるとひき付けられる手法は感じるが最後まで読み切る自信はない。救いようのない暗さは苦手
読後=予想通りの結末だったが衝かれるように一気に読んでしまった。悲しい始まりで悲しい結末 見下して憎んでいるのに愛しているという人間のやりきれない業の深さは誰にでもあると思う。暗い内容ではあるが読後に砂を噛むような後味の悪さはない。三浦しをんさんの本は他のも読んでみたい)


 見知らぬ妻へ  浅田次郎
(今回はこちらに浮気かも^^;Book oFFで 105円なり♪。ハードカバーは捨てにくいので本当は借りたいのですけれど。)




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秋日和 - 2013.10.23 Wed

こんばんは
寒くなりました
それでも 風のない日は上着を通してほんのりと肌を温める陽光をありがたく感じる季節になりました。
数日前には 雪虫も見ていないのに何を急いでいるのか市内に横たわる手稲山に雪が降りました
まだ根雪にはならないでしょうが くぼんで木のない場所のところどころに白い筋を作って山肌に冬の足跡を残していきました
ちょっと寒い日もありますが 散歩をすると赤 黄 薄緑のグラデーションで着飾った街路樹や思わぬ夏に咲き残したのか 小さな花を見つけたりするのが嬉しいです
背中をまるめて家の中にいては 秋の最後の挨拶を見のがしてしまいますね
去年に比べて数段早く訪れる寒さに 山はあわてて紅葉の準備をしているでしょう
このぶんだと暖かだった去年に比べて もっと鮮やかな秋化粧を見られるかもしれません 
いつか定山渓で見た 山全体がぱっと満開の花を咲かせた大きなガーデンのような紅葉をもう一度見たいと思うのですが 今年は期待してもいいかもしれません
それは 普段着にスカーフだけ変えて懐かしい友に会うのとどこか似ています
いつ会ってもちょっとづつ違う顔で でも いつも同じ笑顔になれるのです

きのう 古くからの友人を呼んで食事会をしました
5人が全員集まりまったのは一年ぶりでした
お久しぶり~の挨拶の後はそれぞれの近況報告です
同じ年代の友人たちは 歳と共に背負うものも境遇もちょっとづつ変わってきていますが 親や連れあいや子供の話になると共通しているだけに気持ちをわかってくれるのもわかってあげられるのも嬉しいものです
女どうしのおしゃべりは 食べること 旅行のこと 職場のこと 子供や夫のこと 失敗談 思い出話 テレビ番組 つまりは何でも話題になってしまうということです
どこまでも尽きることなく延々と続き 話を季節にたとえるなら色とりどりのそれぞれの紅葉を通り越して何度も季節を逡巡し 最後はどんな話題も笑いの種にする冬の暖かなコタツの中、ということでしょうか
もちろん みかんも お菓子もコタツの上に。
箸がころげても可笑しい年頃は 若さの特権ではないのかもしれません
人の心を一番暖めるのは言葉ではなく笑いなのかも・・と思った一日でした


(今年の写真ではありません) 
紅葉とベンチ2


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 最近読んだ本
  雪の花  吉村昭
 (数年ごとに大流行する天然痘の予防法を広める為に資財を投げ打って一生をささげた福井藩の町医者のお話。この時代の予防法とは天然痘の膿を次々に子供の腕に植え付け受け継いでいかなければ種が絶えてしまうという方法だった。新しい治療法はそれだけに藩内で漢方の藩医の妬みや蘭学に対しての恐怖心などで妨害にあいあるいは狂人とさげすまれ何度も種は絶滅の危機にあう。石を投げられて痩せ衰えていく体でこれほどまでに意思を貫いていく精神はどこからきているのだろうと思う。ただ私としては同じ医師の話で箱館戦争時官軍、榎本軍の区別なく負傷者の命を守り続けていくという 『夜明けの雷鳴 』のほうが好きだ。というのは函館に住んでいた時にこの本の場所はどこだろうと函館山周辺の戦争の砲台後や負傷者の施設となったお寺を見て回ったから余計に記憶に残っているのかもしれない。吉村さんの作品は綿密な取材のもとに史実に忠実なドキュメンタリーを見ているような冷静な書き口が惹かれる)

 今読んでいる本
 夜のピクニック  恩田 陸

(修学旅行はないが1昼夜を通して歩き続ける歩行祭がある高校で この行事をきっかけにある決意をする主人公。
なかなか話が進展しなくて暫く放り出して別な本を読んでいました。
娘が「これ映画で見たけど面白かったよ」と言ったのでまた読みはじめたのですが
読後感想は なるほど、若い人にはうけるかもなぁ~という印象でした)


『 風の満ちる日 』  内城文恵 - 2013.10.17 Thu

いつか ブックオフで目についた詩集
『風の満ちる日』 (内城文恵)があります
ぱらぱらといくつか読みすすめてすぐ購入
言葉に会いたくなったときに手にする本の中の一冊です
シンプルで簡潔、素直に心に届く瑞々しい表現が素敵だな、と思う
この方は13日に亡くなった やなせ たかし さんが編集している 「詩とメルヘン」 に投稿し掲載された詩人さんだということで本の解説もやなせさんが書いています
成長するにつれ 徐々に作風が変化、成長していくという内城さんの作品をもっと読みたいと思うのだけれど残念ながら見つかりません


美しい偶然

今日
ここで
あなたと生きる

とても美しい偶然

きのおと
明日と
すれちがう時間
押し寄せては
ひいていく
ざわめきの人々

その狭間で

今日
微笑みあうわたしたち

握れば
暖かい手

ともに呼吸する
無限分の一の


抱きしめて

今日
ここで
わたしたちが生きる

とても美しい偶然




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今読んでいる本

・タペストリーホワイト  大崎善生
(大崎さんらしい澄み渡る絵を見るような札幌の風景を描く表現の出だしが嬉しい。けだるいようなキャロル・キングの歌がポイントになっているのも面白いですね。曲としては I will you love me tomorrow が好きです。ストーリーは70年代の荒廃した学生運動のさなか他のセクトと接触したかもしれないという疑いだけで裏切り者として鉄パイプで襲撃し殺人まで犯してしまう内ゲバで姉・恋人もろとも巻き込まれる。ふとしたきっかけで狂気に走り、時の流れと共に鉄パイプを捨てネクタイとスーツという防具で装って平然と社会に出て行く。美しい情景描写で始まっただけに怖さがある)

・読みかけた本に 宮尾登美子の『湿地帯』がある。あら これは読んだなぁ。面白かったはずだが内容覚えてないわ。と、こんなことはよくあるけれど忘れていてもよほどでなければ2度読む気にはなれない。
(あれ~この人よく見るけれど誰だっけ?ってことになったらアブナイ アブナイ;)


 

言葉の海 - 2013.10.11 Fri

IMG_0539.jpg

           < 過去詩 >

言葉の海を見つめていると 
行間に滲みだした
色とりどりの
ことばの裏側

生まれようとして
生まれまいとして 
白の海に漂う
思いのかけらたち 
 
いちまいづつ
拾って
並べて
透かして
ひそやかな声に
耳をすませば

かぎ裂きの
わたしが
聞えてきたりする


          。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

詩を書きたいと思う
書きたいことはいくつかあるが
キーボードの前に座るとどんどん言葉が遠ざかるような気がする
ときどきキラリと言葉のカケラのようなものが見えることはあるが捕まえる前に逃げてしまう
詩恋しさに以前の詩を少し読み返してみた。



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今読んでいる本

 ・死顔   吉村昭
(親 兄弟を次々と癌で亡くし、独身の弟の看護を作者は最後まで看取った。お別れ時、生前とは別人のように痩せ衰えた弟の顔を人前に晒すのは忍びなかったという。その後自身の病を知り、「いい死に方」というものを考えていく。術後の一番辛い時期に妻にも見舞いに来るなと言う。それは苦しむ姿を見せたくないというプライドだったのだろうか。作家として妻が必ず書くだろう夫の苦しむ姿を残したくなかったのだろうか。吉村昭の遺作となったこの本はいつか読みたいと思っていたがやっと読む気になった。
生きてきた時間よりも残りの時間のほうがはるかに少ない私自身死と無縁でいられる時間は多くはない。人の寿命は左右することも時間を知ることも出来ないが生きているかぎりどんな些細なことでもいいから何か目的を持っていたい(誰かの為ではなく私のための目的を)

天然痘の予防の研究をささげたという蘭方医の『雪の花』も読んでみたい)

 ・人形を捨てる  藤堂志津子
  

 

雨の日 散歩 - 2013.10.03 Thu

秋の気配は 超特急
ひと雨ごとに すとん すとんと駆け足で気温が下がっています
暑くもなく 寒くもなく ここちいい日は各駅停車せずよそ見している家を素通りしてししまいます 
春は気配だけを見せてじらしながら少しずつ姿を現しますが
秋はこちらから追いかけなければ逃げてしまいます ご用心。
涼しくなってウォーキングにはいい季節 とのんびりしていたら半そでの袖口から ぞくぞくっと鳥肌が!
あわててタンスに秋物をつめ込みます
重ね着を脱いだり着たりしているうちにいつの間にかしっかり毛糸のカーディガンを羽織っていました 
明日は一桁の気温だとか、峠は雪が降るかもしれないだとか。
もう スイカにかぶりつく爽快は戻ってこないんだ と思うとあのギトギト暑さが懐かしいこのごろです。
外は ぽつぽつの雨
あしたからはじめるぞ!と意気込んでいたウォーキング
やろうと思ったのは まだ夏のほてりが体に残っている頃でした
これを逃したら 今年の”あした”は雪の日になってしまうかもしれない
いや あしたは来ないかもしれない
なんといってもなまけものの私
いけない いけない 
最近 寝つきが悪く深夜に必ず起きてしまい 
そのまま寝られずパソをいじったり本を読んだり 不健康このうえないのです
夕方の散歩が体のリズムを作るのに最適だとどこかで聞いた
よし、思い立ったが吉日。
リュックにカメラと財布とメガネ。
あれ これはウォーキングの体制ではないかも
いやいや まず出来るところからはじめましょうね
(自分のこととなると飴と飴だなぁ  いや飴と雨か)



天まで届け~秋明菊
秋空と秋明菊


雨には萩がよく似合います
雨の萩


やはりね
可愛い花たちの前では ”ウォーキングなんてやぼですよ~”と心の声が聞こえたような。


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 今読んでいる本
  紅梅    津村節子
 (夫の吉村昭が1年半にわたる闘病と死を妻と作家という目から見つめ書き綴ったという作品。帯より
 どちらも好きな作家さんだが闘病記であるだけに少し切ない。エネルギーがなければ読みきれない本なのかもしれない
読後=命は神が与えたものであるなら、この人にどんな罪があって次々と命を奪うような苦痛を与える病を課すのだろう。辛い闘病記を第三者の目であまり感情を交えず淡々と語っているのがかえって切ない。術後の一番辛い時期に病室に来るなと妻に言い、いい死に方はないだろうかと模索する。いい生き方をしてきた人だと感じた)

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沙羅(さら)

Author:沙羅(さら)
・自然が好き 詩が好き カメラも好き 花を育てるのも好き。日々こころに響いたことがらを マイペースで綴っていきたいと思います。
(写真はぺんぺん草の花)

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