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2017-11

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星空の村 - 2014.05.26 Mon

草原の向こうには 鏡のような湖
満天の星空の日は空と地が一面星にうずめられるという
星たちは人知れず降りてきて 雨や風に舞った埃や煙で汚れた体を洗い
星たちからはがれた鱗は そこかしこにキラキラ光る露となって海面や水面にただよっている

そんなことを想像させるような ”世界一美しい星空の見える村  ~ニュージーランド星紀行~”という番組を見た
ニュージーランドで一番の晴天率を誇るテカポ
その景観をリゾート地として大きなホテルを建てる計画があったが この美しい星空を守ろうとしたのは この地に魅せられて移り住むようになった日本人だという。
家の灯りが漏れないように薄暗くなったらしっかりシェードを引き 街灯には内側に黒い傘状のものを取り付け光は足元だけを照らすように低い位置に設置し 光害を軽減するナトリウムランプを使用するなど淡い星の光をじゃましない配慮がされ 「世界自然遺産」に登録しようとする試みもあるようだ。
リゾート開発で潤うより美しいものを美しいままで残そうと村人が守っているものは 都会の便利さに慣れてしまった私たちが失いつつある大きな遺産なのかもしれない。

足の長い草が生い茂るなだらかな丘陵に 大切な誰かを待っているように ぽつんとひとつ木のベンチがある
都会の最前線で働いた夫を伴って晩年は生まれた土地に住まいを決めた妻は自分と同じようにここを好きになってもらおうと星の綺麗な日に一本のワインを持ってベンチに座って二人で眺めようと計画した


星の名前で知っているものは 北極星とヒシャクの形の北斗七星、wの形のカシオペア座位で星の綺麗なところで生まれ育ったのに天の川の見分けもつかない私。
ニュージーランドに行くことは到底無理なことだが
今は夜でも明るい街にいて星は限りなく遠いまたたきで 子供の頃に感じた怖さも含んだ冷たくも美しい星の光がまたいつか見たいと願っている。
最後に見た満点の星空は眠れないという娘を負ぶっていた時だったが その次は誰と見るのだろうか。

 ☆ー☆ー☆        ☆ー☆ー☆

星の写真は私には無理なので 近くで見つけた野の花の写真を載せます
いつも通っている道端にニリンソウとオオバナノエンレイソウが群生しているところがあってビックリ!
勝手に ☆星野原 と名付けました1^^;

ニリンソウ  オオバナノエンレイソウ

星野原
 
....................................................................................................................................................................................................................

 今読んでいる本
  ・アナザー・ワールド 王国その4   よしもとばなな
(内容は んーーっと王国その1 その2よりはチョットいまいちなのであまり読むペースが早くはないんだけど ばななさんの表現が好きで読んでます。 この本で気持ちが癒されて 次はズシンとくるのがいいかな)



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母の機関紙 - 2014.01.09 Thu

母の友 風景



片付けものをしていて目についた分厚い背表紙の変色した手作りの本。
黒い表紙に黒い閉じ紐で結わえてある簡素なものだ。
表紙の中央には謄写版で印刷した手書きの素朴な挿絵が貼りつけてある。
ワープロもパソコンもない時代に事務員が汚れ防止に黒い腕抜きをはめていた頃によく使われていたものだ。
それは 亡くなった母の持ち物で燃やされる寸前に拾われ私のところにやってきたのだった。
生前、母の粗末なスチールの本棚に何年も、あるいは十数年手を触れられずに埃をかぶっていたように記憶している。
ゆっくり読んでみようと思いながら本棚の空いたスペースを埋めて5年。
病院の夕食の年越しソバを美味しい美味しいといって食べた一週間後にもぎ取られるように別れの言葉もなく性急に逝ってから・・・ 
そう あれからもう5年の月日が過ぎていた。
『母の友』という表題のこの本は地域の婦人会の機関誌だった。
近隣の農家の主婦たちが投稿する詩や俳句や日常の出来事、あるいは婦人会の連絡事項もあり地域の主婦たちにとっては文芸誌であり広報誌であったようだ。
母は農閑期ばかりではなく雨の日、家族が寝静まってからの深夜ガリ版切りをしていた。
先の尖った鉄筆が原紙の上に規則的にカリカリと表面のロウを削り文字を刻んでいく。
母と鉄筆の動きは見えない線で結ばれていて鉄筆の先から母の思考が注ぎ込まれていくような真剣さがあった。
人が何かに打ち込んでいる時というのはこんな単純なことなのかもしれない
カリカリと一心不乱に・・・カリカリはきっとそれほどに面白いものに違いない。
私も書いてみたいと思うのは当然のことだった。
傍にいてひそかに失敗すればいいな、などと思っていた。
そうすれば日にかざすと透き通るように薄いこの原紙は私の物になる
夜遅くに目覚めた私は母の傍に座って居眠りしながらそんなことを考えていた。
「早く寝れ!」と何度言われてもそこから離れなかった。
母の傍での居眠はいつものことだった。
ふわふらと半分夢の中にいるのがとても気持ちよかったのだ
ある時、いつものように居眠りしていると急に体がふわっと浮いて次の瞬間暗くて冷たい草の上に投げ出されていた。
何がおこったのか気が付く前に窓が勢いよくバシンッ!と閉められた。
怒った母は私を窓から放り出したのだ。
魔物が住んでいるかもしれない夜の森、闇の怖さと家から閉め出された恐怖で泣きながら窓にしがみついた。
泣いても叫んでも窓は開かない
内側から開けるまいと窓を抑える母は鬼のように見えた。
いつもどんな質問にも丁寧に答えてくれる母の笑顔の裏には般若も潜んでいるのだと思った。
子供の頃を辿ってこの場面にであうとそこで思い出のシャボン玉はパチンとはじけてる。
いや はじけるのではなくシャボン玉が消える瞬間に薄くなった残像が夢の終わりのように私の中に吸収されていったのかもしれない。
褒められたことより怒られたことのほうがはるかに印象深く はるかに母を近くに感じる
それが母娘としての絆というものなのだろうか。
さて、脱線してしまったので話をもどすことにしよう。
古い機関誌の中を開くとぷーんとかびくさい臭いが鼻をつく。
茶色く縁取られた西洋紙を指先でつまみページをめくると見慣れた懐かしい文字が広がっていた。
達筆とも流麗ともいえない。でも、素朴で勢いのある読みやすい文字だ。
手書きの文章は活字と違って、筆圧や文字の乱れがその日の体調などで変化する。
ここから書き始めたに違いない勢いのある部分や 疲れていると思われるかすれた文字や修正を繰り返している部分など、
いつも元気という印象が強かったが、そこには生身の母を感じる。
日中の重労働の後 薄暗い裸電球の下で目をしょぼつかせながらガリ版切りをしている姿は容易に目に浮かぶ。
「誰もやる人がいないから仕方ない」・・と言いながらも本音は楽しい作業だったように思う。

ある日の出来事を綴ったものにこんな文章がある

前後省略
・・・・南国土佐を後にして~♪・・・などを教わった(踊り)
何度も練習したがどうしても私は腰が高い。 
もっと腰を下げて、と 云はれる。
胴が割りにみぢかくて足ばかりひょろっと長くブッキラ棒な私は手を上に上げたり下げたりして勢いよく「一、二、三、四」とやる体操のほうが余程性にあっているようで 柔らかな感じを出さなければならない踊りはとてもとてもふにおちなくて仕方がない。 
けれど私だって女の内なのだからと思い云はれるように腰を低くして女らしいシナを出そうと試みるのだがやはり腰が高いと云はれる。 
思い出します故郷の空の~♪で両手でたもとを持って手を上にぐるっと回せば おしりの方までクルリと動く。 
あんまり腰を下げて下げてと言はれれば 人間の体がそう簡単に高くなったり低くなったりするものか、これ以上腰を下げたらひっくり返ってしまうわい と腹がたつやら おかしいやら。 
またある時は練習しているところへ ○○さんのぢいさんが遊びに来て 「おまえさんがたナ、 そこはこういがなくちゃなんねえんだ」と自分でやってみせてくれたが、女である私よりはるかに女らしいと思ったものだ・・・・・・


また ある時花の好きな母は育てている花について書いた文を紹介したい

  前後省略
・・・・どの花にもそれぞれ違った色があり形がある。
自然の神様はそれぞれの花にこんなにも美しい色や形を与へてくださったと一つ一つの花をじっと見ながらただ感心するより他ない。
小さい枝を摘んで差し芽をして根がのびてきた時 それにもまして蕾を見つけた時の喜びは何にもたとえようがない。
小さな小さなケシ粒くらいの種子から小さな芽を出し、長い間かかって少しづつ大きくなり 人間の好む花を咲かせながら自分も成長し より多くの花を咲かせやがて種子を残して土にかえっていく。
そして又やがて芽を出す
人間の縮図を見るようで又生きているものの厳しさも感ずる。
花は人の心のうさを一時的にでも忘れさせてくれる
いつも豊かな自然と共にある生活は私ばかりでなく多くの人の望むところであろうと思う
暮れかかった花畑にしばらくたたずみ すがすがしい花の香りを吸いながらこんな幸せがいつまでも続くようにと願う私である・・・・・


最初の文章はなんだか文字が躍っているように見えるし 後の文はとても丁寧に書いてあり普段は男っぽい母の女性的な面が見える 
それは見えないものを見ようとする感覚と 書く内容から母の心の中を推し量ろうとするため文字のふとした変化から書き手の心情を勝手に解釈してしまうという錯覚もあるかもしれない。
が、長く接している人なら顔のつややふるまい 声なら音の強弱や質の違いがでるように 肉筆であればそのときの感情は文字に表れると思う。そう思いたい。


母の文章は なんだか とても新鮮でおもしろいなぁと感じた。
知らない人が読んでも感動したりやうならせるものはないかもしれないが カビくさい臭いしかしない機関紙の紙の間から掘り起こしたばかりの黒光りする土の匂いや花たちが揺れながらささやきあっているなつかしい風景が見えてくる
今 私はたぶん 母と一緒にあるいているのだろう。

※  私は中学の時3年間文集を作る係りになり(もちろんガリ版で) 高校では新聞部にいた。 その時は母の影響だとは全く思っていなかったのだが今こうしてふり返ってみると母の歩いてきた道の延長線上に無意識に立っていたのかもしれない。


母の友1 母の友2




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 今読んでいる本
 運命の人  山崎豊子
 飾り火   連城三紀彦

 読んだ本
 避暑地の猫  宮本輝 
 肩ごしの恋人 唯川恵
 黒い森    折原一
(3冊ともいっきに読んでしまったが う~んいまいちどれもピンとこないなぁ。宮本輝さんは今まで読んだことのないほどの心の闇を描いた作品で後味が悪かったかも~。今までどおり書いてください~という感想でした。ヒットするものがないせいか乱読してるかもです)  

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沙羅(さら)

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