topimage

2017-05

『白い闇のほうへ』    岬 多可子 - 2015.07.20 Mon

白い闇のほうへ   
                  岬 多可子


うすくらがりは うすあかるみ
仄見えていたものが 見えなくなり
見えなかったものが 仄見えてくる
そこへ どこまでも 入っていけばいい
ぐったりとした 自分の重さを
たったひとつの 持ち物のように ひきずって

かなしみの 白い布は
苦しみの 白い布は
一面にひろげられてあるだろう
これ以上 失えないほど 失って
そのあと なにもかもが 白く
白く そして 暗く

目も 手も おぼつかない
しずかな 闇のなかで
できるのは こころの仕事
砂利と 豆を たんねんによりわけるように
つまずきを つまずきながらかぞえるように
ゆっくりと ゆっくりと

祈るとき 悼むとき わたくしたち
ひとりずつ立ち それぞれの
もっとも深いところへ向けて うつむく
片方の手は もう片方の手を
あるいは どこかにあるはずの
見知らぬ 熱い手を 求める

吐かれた息 流された涙が
白い闇を あたためる
ほつほつと 筆の先の色がにじむように
小さな炎は点され
やがてまじりあって 大きくかがやく
そのときまで そこに とどまっていればいい


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
図書でなにげなく手に取った詩集でした
東日本大震災復興支援のために 31人の作家による詩と短編のアンソロジー だったのですが パラパラとめくって目についたのが 岬 多可子さんの詩でした。 
読むことにも 書くことにもすっかり離れてしまった詩心に ぴんと触れた瞬間でした

暗闇で見えないと思っていたのが
見ようとすれば 小さなあかりさえみえてくる
その小さなあかりの中に
隠れていた自分も発見するのかもしれない
人は 幸せの中では 見えないものがたくさんあるのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

種から育てた苗を植えたところ 
さっぱり大きくならないものや 丈ばかり伸びたのがあったりで バランスが悪かったのですが
何度目かの移植で やっと見られるようになりました。
ロベリア ビオラ ヒポエステス 姫フウロ イソトマ センニチコウ です


盛花




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 最近読んだ本

 殺気!  雫井脩介  
(大学生のましろは、12歳のとき、何者かに拉致監禁された経験がある。無事に保護されたが犯人は不明のまま。今、その記憶はない。ひどいPTSDを抑えるため、催眠療法でその出来事を封じ込めてしまったからだった。そのためか、ましろには特異な能力――周囲の「殺気」を感じ取る力が身についている。タウン誌記者の次美はましろに興味を持ち、過去の事件を調べ始める。失われた過去を取り戻すとき、町は恐ろしい現実に直面する。  という内容(本の紹介から抜粋)
読みやすかったのだけれど・・・最後はもうちょっと・・・などと欲張りな感想を。 でも この作家さんの本をもっと読んでみたいと「犯人に告ぐ」を借りたのだが 上下2段の本は 老眼の私にはかなりきつい。 まだ1ページも進んでおりません

 今読んでいる本

 観覧車  柴田よしき
(短編集は 設定を頭に入れる切り替えが面倒なので 殆んど読まないのだけれど 読みやすい本なので 睡眠導入剤がわりに読んでます)





スポンサーサイト

工藤直子  あいたくて - 2013.11.23 Sat



 あいたくて
           

                          工藤直子


       だれかに あいたくて
      なにかに あいたくて
      生まれてきたー
      そんな気がするのだけれど

      それが だれなのか なになのか
      あえるのは いつなのかー
      おつかいの とちゅうで
      迷ってしまった子どもみたい
      とほうに くれている

      それでも 手のなかに
      みえないことづけを
      にぎりしめているような気がするから
      それを手わたさなくちゃ
      だから

      あいたくて




素朴で 気取りがなく 
だれもが書けそうなやさしい言葉で 
大人にも子供にも受け入れやすい 
詩というより絵本のような作品を友に紹介してもらった

ああ、いいな。
最近こういうシンプルな詩にひかれる
肩の荷をおろして
無になった自分の中から拾い集めて
そうしたら
パズルのように複雑ではなく
積み木のように ひたすらシンプルな
こんな詩が書けるのだろうか


工藤直子さんは こんなことを言っていました
― 本当に詩を書くということは肩書も年齢も、知識も、経験もいらないのです。どこか深い深いところで、何か命みたいなものからぴょっと出てきているものがお互いにひびき合うのだと思うのです―。


83688806_org (1)



『 風の満ちる日 』  内城文恵 - 2013.10.17 Thu

いつか ブックオフで目についた詩集
『風の満ちる日』 (内城文恵)があります
ぱらぱらといくつか読みすすめてすぐ購入
言葉に会いたくなったときに手にする本の中の一冊です
シンプルで簡潔、素直に心に届く瑞々しい表現が素敵だな、と思う
この方は13日に亡くなった やなせ たかし さんが編集している 「詩とメルヘン」 に投稿し掲載された詩人さんだということで本の解説もやなせさんが書いています
成長するにつれ 徐々に作風が変化、成長していくという内城さんの作品をもっと読みたいと思うのだけれど残念ながら見つかりません


美しい偶然

今日
ここで
あなたと生きる

とても美しい偶然

きのおと
明日と
すれちがう時間
押し寄せては
ひいていく
ざわめきの人々

その狭間で

今日
微笑みあうわたしたち

握れば
暖かい手

ともに呼吸する
無限分の一の


抱きしめて

今日
ここで
わたしたちが生きる

とても美しい偶然




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今読んでいる本

・タペストリーホワイト  大崎善生
(大崎さんらしい澄み渡る絵を見るような札幌の風景を描く表現の出だしが嬉しい。けだるいようなキャロル・キングの歌がポイントになっているのも面白いですね。曲としては I will you love me tomorrow が好きです。ストーリーは70年代の荒廃した学生運動のさなか他のセクトと接触したかもしれないという疑いだけで裏切り者として鉄パイプで襲撃し殺人まで犯してしまう内ゲバで姉・恋人もろとも巻き込まれる。ふとしたきっかけで狂気に走り、時の流れと共に鉄パイプを捨てネクタイとスーツという防具で装って平然と社会に出て行く。美しい情景描写で始まっただけに怖さがある)

・読みかけた本に 宮尾登美子の『湿地帯』がある。あら これは読んだなぁ。面白かったはずだが内容覚えてないわ。と、こんなことはよくあるけれど忘れていてもよほどでなければ2度読む気にはなれない。
(あれ~この人よく見るけれど誰だっけ?ってことになったらアブナイ アブナイ;)


 

本との出合い(2 - 2013.09.25 Wed

私の読書暦はあまり長くはない。
本がそばになければ寂しいと思うようになったのは10年位前だろうか
大人になるまでの主な読み物は少女マンガだった。
母は他の本は買ってくれなかったが週間マンガは時々買ってくれた
中学を卒業するまでテレビがなかった家の中で母にとっても娯楽のひとつだったに違いない
小さい頃から絵を描くのが好きだった
裏が白い紙であれば包装紙でもチラシでもなんにでも書いた
好みの漫画家の書く目に星のキラキラや手の形 ウェーブした髪 横顔を真似てマンガもどきを書いたり着せ替えを作ったりしていた
友達はほめてくれたが母は何もいわずにこにこしているだけだった
でも所詮真似は真似でしかなく漫画家になりたいというあこがれも少女時代の一時の夢としてシャボン玉のように消えていった。
母にはこの夢の結末が見えていたのかもしれない

子供が出来てからは図書館 移動図書通い
童話を一番読んだのはこの時だった。
子供たちには寝る前に一冊づつ という約束で毎晩一緒に読んだ
本を読んだら寝るんだよ、と早寝早起きの習慣づけに始めたことだったが面白いことに二人の娘は別々の反応をした
長女は寝る前よりも目が冴えて 次女は読む前に寝てしまうという状態
長女は無類のお話好きで本を読むとそこからどんどん想像が広がっていくようで大きな目がこれ以上ないくらいに本に引き寄せられていく。読み終わった後“それからどうしたの?””どうしてこうなった”と私は興奮状態の娘の質問攻めにあう。長女に関しては寝せる為に本を読む習慣は失敗だったと気がついたがすでに習慣になってしまっていた。
(知っている人は知っているラジオの長寿番組の“でてこいのおじさんのお話”も長女の大好きな放送だった、とは余談。)
次女は普段から私のスカートやエプロンなどいつもどこかに触れていたい子で気が付いたら寝ているという状態だった。母が傍にいるというだけで満足して本は読まなくてもよかったのかもしれない。
その時の私の愛読書はもちろん童話だった
いまでも時々衝動的に童話を読みたい時があるのは この影響かもしれない
童話は子供よりも大人が読む本だと思うことが時々ある
いい本を見つけたときは 「ねぇねぇ こんな本読んだよ!」と子供のように誰かに教えたくなる・・・そんなことありませんか?


小さい秋見つけた1


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 今読んでいる本
  デッドエンドの思い出  よしもとばなな

 2冊続けて後味の悪い怖い本を読んだ。どちらも人気作家で貸し出しランキングでも常に上位にいる。デビュー作から賞を取っているというが私はもうこの作家の本は読まないと思う。昔は江戸川乱歩などを好んで読んだときもあったが全くのフィクションとして読めた。 実際の少年少女の事件をモデルにしてある作品は読後に傷みが残る。
暖かい言葉に触れたくてよしもとばななを選んだ。
(切ないラブストーリーばかりだが触れ合う人の心の温かさに救われる)

本との出合い (1 - 2013.09.18 Wed

初めて自分の本を持ったのは小学校低学年の頃。当時すでに社会人だった年の離れた従兄弟が遊びに来たときのお土産だった。
真っ白いシャツにカメラを首にかけ髪をきっちり7/3に分けた従兄弟は乾いた都会の匂いがして少し眩しく、少し恥ずかしくもあった
山から出たことのない私が都会に憧れを持ち始めたきっかけはこのときだったのかもしれない
姉と私に一冊づつ。
初めて手にした手垢のつかない真新しい本
表紙に指紋が残るのさえ気になった
末っ子の私は洋服や持ち物はいつも兄や姉のお下がりばかりだった 
新しい、私だけのものということだけでも嬉しかったと思う
姉には『アルプスの山の娘』だったと思う(定かではないが)
私には『モヒカン族の最後』
だが 手にした時から姉の本が気になっていた。
表紙の挿絵は頭に羽を差したインディアンより アルプスの山の娘のほうがずっと可愛い。
姉がうらやましかった。
なぜ私には裸のモヒカンで姉はスカートの少女なんだろう
従兄弟は間違えて渡したんじゃない? とも思った。

姉は学校の図書からよく本を借りてきた。
借りるものはどれも面白かった
海底2万マイリ 三銃士 小公子 ドキドキしながら読んだ
本の中は夢であり冒険の世界だった
もっと読みたい
私も真似して図書室に行った
ところが たくさんありすぎてどれが面白いのかよくわからない
置いてある本は古く帯などもなく内容の説明はない
題名に惹かれて適当に借りたがどれもいまいち面白くない
先生が薦める本は確かにいい本、子供に読ませたい本なのだろうがワクワクもドキドキもしなかった。
次第に私は図書室に行く回数が減り姉が読み終わるのを待つようになった。

姉は学校でも優等生だった
何をやってもかなわなかった
姉は本選びも上手 私は下手
いつも二番手
私の中でそんな図式を作っていたのだろうか
もしかしたら「アルプスの山の娘」ではなく 姉の持つものだから欲しかったのかもしれない
もし逆だったら こんな子供っぽいもの・・と思ったのかもしれない
一度従兄弟になぜこの本を選んだのか聞いてみたいと思ったがかなわぬまま思いが届かないところへ 旅立ってしまった。
不思議なことにあれほど欲しかった姉の山の娘の内容は全く覚えていない
私の蔵書は中学を卒上するまでこの一冊だった
みかん箱に紙をはった粗末な本棚に教科書と一緒に並べて少女時代を過ごした思い出の一冊だった


(先住民だったインディアンのモヒカン族がアイヌのように住処を追われてたった一人になってもモヒカンとしての誇りを忘れないという内容だったように思う。  ラスト・オブ・モヒカンで映画にもなっている)


小さな秋
こちらでは小さな秋が始まっているようです



         
      

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

リンク

このブログをリンクに追加する

プロフィール

沙羅(さら)

Author:沙羅(さら)
・自然が好き 詩が好き カメラも好き 花を育てるのも好き。日々こころに響いたことがらを マイペースで綴っていきたいと思います。
(写真はぺんぺん草の花)

・トップの写真は 朝露

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (11)
自作詩 (43)
日々のこと (14)
好きな本 (6)
写真 (6)
園芸 (10)
エッセイ (2)
過去詩 (1)